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神戸地方裁判所 昭和35年(行)15号 判決 1963年3月13日

神戸市兵庫区上沢通一丁目一三番地の一

原告

古山満

同市同区水木通二丁目五番地

被告

兵庫税務署長

則岡祥三

右指定代理人検事

杉内信彦

右同

法務事務官 大森国章

右同

同 坂田暁彦

右同

国税実査官 宗像豊平

右同

大蔵事務官 長岡日出雄

右同

同 藪一雄

右当事者間の所得税更正決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告は、「被告が原告に対し、昭和三四年四月三〇日なした原告の昭和三三年度所得金額を金六一七、〇〇〇円、所得税額を金五五、九〇〇円とする旨の更正決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とずる。」との判決を求め、被告指定代理人等は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告は理髪業を営んでいるところ、原告の昭和三三年度の所得金額は金四一四、二六〇円で所得税額は金一八、五〇〇円となるので、昭和三四年三月一五日その旨の確定申告を被告に対してした。

二、ところが、被告は同年四月三〇日右確定申告に対し、原告の所得金額を金六一七、〇〇〇円、所得税額を金五五、九〇〇円と更正し、過少申告加算税額を金一、八五〇円とする旨の決定をした。

三、そこで、原告は被告に対し、同年五月三〇日再調査の請求をしたが、同年七月六日棄却となり、同年八月六日訴外大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、同三五年三月一五日棄却された。

四、しかしながら、原告の確定申告は正当であり、被告の右更正決定は不当違法であるから、その取消を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、原告主張の本訴請求原因事実のうち、原告の昭和三三年度の所得額金及び所得税額が原告主張のとおりであること、並びに被告のした更正が不当違法であることは争うが、その余の事実は認める。

二、原告の昭和三三年度の所得金額に関する被告の主張

(一)、原告は昭和三三年度の営業に関する帳簿として、金銭出納帳だけを作成しているが、その裏付けとなる納品書、領収書等の原始録は全く保存されていない。しかも、その金銭出納帳の記帳は閉店後記憶によるその日の支払と現金在高とを操作調整して収入金を記帳するという、いたつて不正確な方法であり、かつ、原告においても収入金の記帳漏れがあることを本訴外で認めており、このように正確を欠く帳簿に記載された金額によつては所得金額の計算をすることができないから、推定計算の方法によるほかない。

(二)、推定計算による収入金額

原告の経営する理髪業は人の役務を提供するサービス業であるから、その従業員数と設備台数等は収入金の状況と密接な関連を有する。すなわち、従業員数についてはそれが家族だけだ構成されていない場合にどの程度の能力、習熱度の雇人を入れるかについて、また椅子台数については何台の椅子を設置するかは経営者がその経験に基いて、来客状況等を勘案して決定するものであつて、特殊事情がなければ従業員数及び理髪椅子台数と収入金との間には自ら一定の相関関係が存在することとなる(この相関関係を数額で表示したものをここに効率という)。

これについて大阪国税局が管内の多数同業者を調査して作成した昭和三三年分所得業種目別効率表によれば、京阪神三都市の理髪業の加重平均算式効率は従事員一人当りの年間収入金は金二〇一、〇〇〇円、理髪椅子一台当りのそれは金一四一、〇〇〇円である。そして、原告の営業の従事員は別紙従事員内訳表に記載のとおり原告外七名(但し、昭和三三年五月から九月まで稼働していた訴外林清一については原告に有利に、除外してある)であり、その稼働日数は以下のとおりで、原告、鮫島貢、大村和司、松井二三夫の四名は年間稼働し、笹倉重一は係争年の初から同年一〇月一四日他に転出するまでの九・五カ月の間稼働し、福永みよ子は係争年の繁忙期である一一月、一二月の二カ月稼働し、小河秀久は昭和三三年四月二六日から、係争年中には八カ月稼働し、佐野某は係争年の一一月の一カ月稼働しており、また前記各員の理容能力は、原告は一人前に仕事ができる理容士であり、そのうえ事業を主宰し一〇年余の経営手腕があるので、その能力を一二〇%とすべきところ、原告に有利に一〇〇%とし、鮫島貢、大村和司、笹倉重一の三名は理容士として一人前に仕事ができるからその能力を各一〇〇%とし、松井二三夫、福永みよ子の二名は一人前には仕事ができないが若干できるからその能力を各六〇%とし、小河秀久、佐野某は見習者であるからその能力を各三〇%と認定し、前記別紙従事員内訳表に記載のとおり、先ず、稼働日数により各個人の年間平均従事員数(A欄)を算定し、右算定した各個人の従事員数を各個人の能力比(B欄)によつて修正をして、各個人の従事員数(C欄)を算定し、その合計を四・五人と内輪に見積もつて、これを原告事業所の総従事員数とし、これに前記効率(従事員一人当りの年間収入金を金二〇一、〇〇〇円とするもの)を乗じた金額金九〇四、五〇〇円と、また原告方の理容用椅子の台数は六台であるからこれに前記効率(椅子一台当りの年間収入金を金一四一、〇〇〇円とするもの)を乗じた金額金八四六、〇〇〇円との合計額金一、七五〇、五〇〇円が原告の昭和三三年度の収入金であると認められる。

(三)、標準外経費控除前の所得金額

原告の営業状況は特に他の一般理髪店と異なる点もないので、理髪業の収入金に対する一般的な所得金額について、大阪国税局が管内の多数同業者を調査して作成した昭和三三年分商工庶業等所得標準率表中の理髪業の所得標準率七五%を適用し、前記収入金額に右割合を乗じて計算すると原告の昭和三三年度の所得金額(標準外経費控除前の所得金額)は金一、三一二、八七五円となる。

(四)、標準外経費

各経営の実情に応じて控除すべきものとして、前記所得標準率作成の際、経費に算入していない標準外経費は、(イ)雇人費金四七六、六〇〇円、(ロ)地代金六、〇〇〇円、(ハ)建物減価償却費金六、八八五円である。

(五)、所得金額

右標準外経費控除前所得金額一、三一二、八七五円から右標準外経費の合計金四八九、四八五円を控除すれば、原告の昭和三三年分所得金額は金八二三、三九〇円となる。

よつて、右所得金額より低額に認定した被告の更正処分は違法ではない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

一、原告の記帳が、その方法あるいは技術的に不充分であり、原始録の保存が充分でなかつたとしても、原告の記帳(甲第一号証)全体が信用できないとして、推定計算により原告の所得を算出することは不当である。

二、昭和三三年中の原告店舗の理髪椅子台数が六台であることは認めるが、その従事員数は争う。すなわち、一人前に仕事のできる人が二人、一人前に仕事はできないが、若干はできる人が三人(但し、一〇月頃約一カ月間は二人)、見習が四月一〇日頃以降年末まで一人の合計六人で能力的見地から修整すれば三人もしくは大きくみても三・五人までである。

しかも、原告の店舗附近には小学校、高等学校が各一つあつて、周辺の客が極めて少ないうえ、数軒離れた東寄りに同業者がおり、その他の事情からも立地条件が良好といえないばかりでなく、同業者間の競争は極めて深刻な状態にあり、被告の推定計算により算出された原告の所得金額は原告の実際の業況を反映しない不当なものであり、原告の係争年の所得金額は次のとおりである。

三、原告の所得金額

売上金 金一、一四八、五三〇円

経費 金 七三四、二七〇円

(経費内訳)

公租公課 金 三三、七〇〇円

水道料金 金 一一、七八〇円

電気料金 金 五六、四〇〇円

宣伝費 金 一五、九一〇円

交際費 金 一、三三〇円

火災保険料 金 四、五〇〇円

修繕費 金 五、四〇〇円

雑費 金 四、九二〇円

消耗品費 金 一一七、七三〇円

人件費 金 四七六、六〇〇円

地代家賃 金 六、〇〇〇円

差引所得金額 金 四一四、二六〇円

第五、証拠

原告は甲第一号証を提出し、「乙第一、二号証の各一、二の成立は不知、同第三号証の一ないし七並びに同第四号証の成立は認める、」と述べた。

被告指定代理人等は乙第一、二号証の各一、二、同第三号証の一ないし七、同第四ないし第六号証を提出し、証人原田運平、同竹川義郎、同多田稔、同市川増雄の各証言をそれぞれ援用し、「甲第一号証の成立は認める。」と述べた。

理由

原告主張の本訴請求原因事実のうち、原告が理髪業を営んでいること、原告が原告主張の日時に原告主張のとおりの確定申告を被告に対してなし、右確定申告に対し、被告が原告主張の日時に原告主張のとおりの更正決定をしたこと、右更正決定につき、原告が被告に対し、原告主張の日時に再調査の請求をしたが、原告主張の日時に棄却となり、さらに原告はその主張の日時に訴外大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、原告主張の日時に棄却されたこと、以上の事実については当事者間に争いない。

よつて、以下争いのある原告の昭和三三年度所得金額について判断する。

原告は、その主張にかかる自己の昭和三三年度の所得金額を証明する資料として、甲第一号証(成立に争いがない)を提出するのみであるところ、同号証の記載は証人竹川義郎、同原田運平の各証言と対照すると、にわかに措信し難く、他に原告主張の所得金額を認めるに足る証拠はないから、原告の昭和三三年度の所得金額は、結局推定計算の方法によるほかはないというべきである。

よつて、以下被告の主張の当否を検討する。

成立に争いがない乙第三号証の一ないし七、同第四号証、証人市川増雄の証言並びに同証言により成立が認められる同第六号証によれば、昭和三三年度の原告方の営業従事員数は少くとも四人を下廻らないことが認められ、他にこれを覆えすに足る証拠はなく、また、理髪椅子台数が六台であることは当事者間に争いがない。

そして、証人竹川義郎、同多田稔の証言、同証言により成立が認められる乙第一、二号証の各一、二、によれば、理髪業においては、その従事員数及び理髪椅子台数と収入金額との間には一定の相関関係(これを数額で表示したものを以下効率と称する)が存在し、これについて大阪国税局が管内の多数同業者を調査して作成した昭和三三年分所得業種目別効率表(乙第二号証の一、二)によれば、京阪神三都市の理髪業の加重平均算式効率は従事員一人当りの年間収入金は金二〇一、〇〇〇円、理髪椅子一台当りの収入金は金一四一、〇〇〇円であることが認められ、これに前認定の従事員数及び椅子台数をそれぞれ乗じた合算額金一、六五〇、〇〇〇円が原告の昭和三三年度の収入金であると認められ、また、理髪業の収入金に対する一般的な所得金額について、大阪国税局が管内多数の同業者を調査して作成した昭和三三年分商工庶業等所得標準率表(乙第一号証の一、二によれば、その割合は七五%であることが認められ、前認定の収入金額に右割合を乗じた額金一、二三七、五〇〇円が原告の昭和三三年度の標準外経費控除前の所得金額であることが認められる。

そして、各経営の実情に応じて控除すべきものとして、前記所得標準率作成の際、経費として算入されていない、いわゆる標準外経費のうち、雇人費、地代金については当事者間に争いがなく、建物減価償却費が金六、八八五円であることは、原告が明かに争はないから、認めたものとみなす。

従つて、前認定の収入金額から右標準外経費の合算額金四八九、四八五円を差引いた金七四八、〇一五円が原告の昭和三三年度の所得金額と認められる。

そうすると、右金額を下廻る金六一七、〇〇〇円を原告の同年度の所得金額であるとして、被告が原告に対して、昭和三四年四月三〇日なした本件更正決定は不当ないしは違法であるとは認め難く、その取消を求める原告の本訴請求は理由なきに帰するから、これを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森本正 裁判官 畑郁夫 裁判官 杉谷義文)

従事員内訳表

<省略>

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